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東京地方裁判所 平成9年(合わ)25号 判決 1997年12月12日

主文

被告人は無罪。

理由

第一  本件公訴事実及び弁護人の主張

一  本件公訴事実

本件公訴事実は、「被告人は、法定の除外事由がないのに回転弾倉式けん銃一丁を所持したいたものであるが、平成八年一〇月二八日ころ、東京都渋谷区恵比寿<番地略>Xビル七階被告人方居室において、右けん銃をこれに適合する実包一二発と共に保管したものである」というものである。

二  弁護人の主張

被告人は山口組系中野会S会(以下「S会」という。)の若頭の地位にあるが、平成八年一〇月二八日、S会に所属するA、B及びCに対する暴力行為等処罰に関する法律違反の被疑事実により、公訴事実記載のXビルに対して捜索が実施され(以下、この捜索を「本件捜索」という。)、Xビル七階の被告人方居室(以下「本件居室」という。)の台所北西側の収納庫から回転弾倉式けん銃一丁及びけん銃実包一二発が発見されたこと、その際、回転弾倉式けん銃一丁はタオルに包まれ、また、けん銃実包一二発は靴下に入れられた上その靴下が布袋に入れられ、これらが紙箱の中に収められ、更にこの紙箱が黄色の手提げ紙袋の中に入れられて発見されたことは、関係証拠上明らかな事実であるところ、弁護人は、右事実について争わないものの、発見された回転弾倉式けん銃一丁及びけん銃実包一二発(以下「本件けん銃等」という。)は、被告人以外の者、すなわち、S会関係者又はS会関係者以外の者が被告人の長期の留守中に本件居室に入って置いたのであり、被告人の保管するものではないから、無罪である旨主張し、被告人も、捜索段階から一貫して、これに沿う供述をしている。

第二  当裁判所の判断

一  争いのない事実

以下の事実は、争いがなく、関係証拠上も動かし難い事実として認定することができる。すなわち、

(1) Xビルは、鉄筋コンクリート七階建てであり、一階から四階までは事務所形式の部屋が、また、五階から七階までは住宅形式の部屋がそれぞれ各階に一つずつあり、二階、三階及び四階は部屋自体とエレベーターが直結し、五階、六階及び七階は居室の玄関前の踊り場とエレベーターが直結する構造になっており、エレベーターを動かすためには、エレベーター用の鍵が必要であったこと、

(2) 平成八年夏以降、Xビルの一階、五階、六階及び七階は、S会関係者が組の仮事務所や住居として使用するなどして占有しており、また、Xビルの二階、三階及び四階は、甲野太郎の管理下にあったが、甲野は、S会関係者から嫌がらせを受けるなどしたため、事実上Xビルに出入りすることはできず、その結果、XビルはS会関係者によって占拠されている状態で、S会関係者以外の者の出入りはほとんどない状況であったこと、

(3) 本件居室には、玄関及び非常階段につながる非常口があって、それぞれに施錠設備があり、本件居室へは、エレベーターを使って玄関から入る場合にはエレベーター用の鍵及び玄関の鍵が、また、非常階段を使って非常口から入る場合には非常口の鍵がそれぞれ必要であったこと、

(4) 本件居室は、被告人が神戸から上京した際の東京における生活の本拠であり、被告人は本件居室のエレベーター用の鍵及び玄関の鍵を所持していたこと、また、本件捜索当時の本件居室の状況は、和室六畳間に背の低いベッドがあってその上に布団が敷いてあり、その枕元には「S会若頭Y(被告人)」と記された名刺数枚、現金約二〇万円、被告人名義の預金通帳等の入ったセカンドバッグが置かれており、洋服ダンスには約二〇着の洋服が掛かっていて、そのほとんどにY(被告人)名義のネームが入っており、Y(被告人)名義以外のネームの入った洋服はなく、室内に置いてあった掃除機などの電気製品や家具類の大部分は被告人の所有するものであったこと、

(5) 本件居室における平成八年一〇月一七日から同年一一月一八日までの間の使用電気量は一四〇キロワットであり、前月分の同年九月一八日から同年一〇月一六日までの使用電気量である一四五キロワットとほぼ同じであること、また、同年一一月二六日発行の請求書に基づくガスの使用量は二立方メートルであり、前月分の同年一〇月二五日発行の請求書に基づくガスの使用量である八立方メートルよりもかなり少ないが、更にその前月分の同年九月二五日発行の請求書に基づくガスの使用量である三立方メートルと比較すれば、同水準であったこと、

(6) 本件けん銃等が入れられていた紙箱は、平成八年七月中旬ころ、S会の構成員で、東京都大田区大森に居住していた乙川次郎の家に名古屋市に住む知人から宅急便で送られてきたものであること、

以上の事実が認められる。

二  検討

1  まず、前記(4)、(5)の事実によれば、被告人が東京における生活の本拠として本件居室において実際に生活していたものと認めることができるのであり、本件では、被告人が自ら又は何者かに指示して本件居室に本件けん銃等を置いたことを示す直接的な証拠は存在しないけれども、被告人が実際に生活していた本件居室において本件けん銃等が発見された事実それ自体から、特段の事情がない限り、被告人が本件けん銃等を本件居室において保管していたものと推認することができる。

しかし、被告人が本件居室を長期間留守にし、その間、被告人以外の者が本件居室に入って勝手に本件けん銃等を置いたという可能性を否定することができないのであれば、右の推認は覆ることとなる。

そこで、以下、そのような可能性の有無について検討する。

2  被告人は、捜査段階や公判段階において、「平成八年一〇月中旬ころ、神戸に戻っており、本件捜索当時は、東京にいなかった」、「神戸に戻る際、本件けん銃等の入った紙袋は収納庫の中にはなかった」旨供述しているところ、前記(4)、(5)の事実、とりわけ、本件捜索当時、現金約二〇万円や被告人名義の預金通帳等の入ったセカンドバッグがベッドの枕元に置いてあったこと、平成八年一〇月中旬から一か月の使用電気量が前月のそれとほぼ同じであったことなどからすると、被告人が本件捜索の直前まで本件居室において生活していたという疑いは相当濃いということができる。しかし、後記4のとおり、S会関係者が本件居室の非常口の鍵を管理していた事実が認められることや、S会関係者が本件居室に出入りしていた可能性が存することからすると、他に決め手となる証拠がない以上、被告人の右供述を虚偽と断定することはできない。

3  次に、S会関係者以外の者が本件居室に本件けん銃等を置いた可能性についてみてみると、前記(1)、(2)、(3)、(6)の事実に照らすと、S会関係者以外の者が、S会構成員であった乙川の家に送られた紙箱を何らかの方法で入手し、特殊な構造であるばかりでなくS会関係者によって占拠されているXビルに行き、被告人の留守中に本件居室に入り込んで、本件けん銃等を入れた紙箱を置いたという可能性は極めて低いというべきである。これらの事情は、むしろ、S会関係者の誰かが本件居室に入って本件けん銃等を置いたことを差し示しているということができる。

4  そこで更に、S会関係者が本件居室に本件けん銃等を置いた可能性について検討する。被告人は、捜査段階及び公判段階において、本件居室に住み始めた平成八年四月ころ、それまで本件居室に住んでいた丙山三郎から本件居室の玄関の鍵とエレベーターの鍵を受け取ったが、非常口の鍵は受け取らなかった旨供述しているところ、丙山は、警察官の事情聴取に対し、本件居室の玄関の鍵とエレベーターの鍵を被告人に渡したが、非常口の鍵は前に住んでいた者からもらっていなかったので被告人に渡さなかった旨供述して、被告人の右供述の信用性を支えている。また、平成九年四月から被告人の後に本件居室に居住するようになったDの同年七月一九日付け警察官調書には、「平成九年四月一日ころ、S会会長の丁谷四郎から、本件居室の非常口の鍵三個を受け取った」旨の供述記載があり、右警察官調書には非常口の鍵三本をコピーした書面が添付されているほか、供述内容も具体的で不自然な点がなく、あえて虚偽の供述をしていることを窺わせる事情も認められないから、Dの供述の信用性は高いというべきである。以上に照らすと、本件捜索当時、本件居室の非常口の鍵は丁谷会長を含むS会関係者が管理していたものと認めるのが相当である。そうすると、被告人以外のS会関係者が被告人のいない間に非常口の鍵を使って本件居室に入り、本件けん銃等を置くことは十分可能であったということができる。のみならず、S会構成員であった乙川は、公判段階において、被告人の留守中にS会の若衆が本件居室において仮眠を取るなどしていた旨供述しているところ、右供述は、本件居室の鍵の保管状況や具体的にどのように本件居室に出入りしていたかについて曖昧であり、その信用性に疑問がなくはないものの、これを虚偽として排斥するだけの証拠はなく、被告人以外のS会関係者が本件居室に出入りしていなかったと断定することはできない。そうであれば、この点も、被告人以外のS会関係者が本件居室に本件けん銃等を置いた可能性を示唆しているということができる。そして、被告人以外のS会関係者が本件居室に本件けん銃等を置いたとして、被告人がこれを認識していたと認定するに足りる証拠も存在しない。

検察官は、若頭というS会における被告人の地位の高さからすれば、被告人以外のS会関係者が被告人の了解なしに本件居室に本件けん銃等を置くことはあり得ないと指摘するが、S会の若衆についてはともかく、本件居室の非常口の鍵を保管していたと認められるS会会長の丁谷が、被告人の了解なしに、自ら又は他の者に指示して本件居室に本件けん銃等を置くことはあり得ないことではない。

三  結論

以上、要するに、被告人の東京における生活の本拠であった本件居室において本件けん銃等が発見されたこと、その際の本件居室の状況、本件捜索前後の本件居室の電気の使用量などからすれば、被告人が本件捜索の直前まで本件居室を使用して本件けん銃等を保管していた疑いは相当強いということができるが、しかし、本件居室の非常口の鍵の保管状況等からすると、被告人以外のS会関係者が本件居室に本件けん銃等を置いた可能性が残る上、被告人が本件けん銃等の存在を認識していたことを証明する証拠も存在しない。

したがって、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

(裁判長裁判官 山室惠 裁判官 友重雅裕 裁判官 後藤眞理子は差支えのため署名押印することができない。 裁判長裁判官 山室惠)

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